わたなべクリニク院長雑記: 2012年6月アーカイブ

2012年6月アーカイブ

 手術分野の進歩はめざましく、術者の努力とは別に医療機器の進歩に追いつくこと、つまり"病院が機器を購入できるか否か"が大きく医療レベルを左右する時代になってきています。例えば30年前であれば尿路結石治療は、開腹手術であったが体外衝撃波が出現してから大きく変化し、今では開腹することは希有な症例となっています。

 さて、腹腔鏡手術を代表とする低侵襲手術が時代の花形になろうとしています。その背景として、現在の日本の平均寿命は男性79.6歳,女性86.4歳と超長寿国家になってきており、平均余命も80歳では男子8.7年 女性11.7年と伸びていることが挙げられます.そのような時代背景から80歳を越える高齢者癌に対しても積極的に外科的治療を行わなくてはならない時代を迎えているのが現状であります。

 山陰のような人口の少ない地域で最新医療を習得するには、それなりの努力と運が必要となります。幸いにも鳥取県立中央病院、鳥取大学附属病院で多くの腹腔鏡手術症例を経験することができ、山陰で最初の腹腔鏡技術認定医を習得できたのも運が良かったのだと思っています。写真は腎臓摘除術の一コマです。当初は指導者が居ないわけですから精神力が必要とされましたが、最近では7年目の医師でもモニターで誘導してあげれば完遂することが出来る程、確立した手術になっています。

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 前立腺全摘除術に関しては、ある大学病院での事故もあり腹腔鏡手術は鳥取では選択されませんでした。我々はもう一つの低侵襲手術であるミニマム創手術を習得すべく努力しました。写真にあるように本来ならば2030cm程度の下腹部切開を5cm程度の切開創から多くの鉗子を突っ込み手術を行う方法です。 術中、出血などのトラブルがあれば大きく創を広げれば良いので、比較的安全な手術と考えられています。術後の創は写真のように小さいのですが、慣れていない術者にとっては負担の大きな手術でした。

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 山陰で低侵襲手術を定着させようと日々努力をしていた頃、黒船が突然やって来ました。ダビンチという医療機器を用いたロボット支援手術です。daVinci2000年頃から米国で爆発的普及し,ヨーロッパに続きアジアで普及され,全世界で2000台を越えています.10年ほど前に米国泌尿器科学会でビデオ発表を見た時は"やり過ぎなのではないか?"とさえ思ったものでしたが、予想は外れて米国では標準治療になっております。米国では前立腺全摘除術は年間7万症例ありますが,そのうち8割以上がダビンチ手術で行われているのが現状です.また,子宮全摘除術に関しても、全手術の3割以下ではあるが症例数としては約10万例を超えていると聞いております.

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 日本は薬事承認は遅かったため,アジアで最も普及の遅い国でした。鳥取大学では,全国の国立大学の中では早い時期に導入しており平成22年より開始しています。現在,日本には約30台以上稼動していますが、日本にはCTが異常に多いのと同じように過剰に購入されていく運命かもしれません。ちなみに費用ですが,機器本体(3億5千万円)にメンテナンス料が年間に機器価格の10%ほど必要となります.さらに,1回の手術の消耗品にEndoWrest(鉗子) 25万円を含めて合計40万円かかるとのことです.黒船と先述しましたが、このような高価な医療機器は日本の医療制度も再考しなければならない状況を招いています。お隣の韓国では混合診療(保険診療と自由診療)が認められているため高額なロボット手術が速やかに普及しましたが、許されていない日本では大きく出遅れました。今のところ先進医療と言う名で混合診療まがいなことができていますが、制度破綻が来る日も遠くないかもしれません。

 日本で薬事承認されているのは 泌尿器科 婦人科 胸部外科 消化器外科領域ですが、今後は心臓手術や頭頸部外科にも適応が拡大していくかもしれません。幸いにも前立腺全摘除術だけは,本年4月より保険診療が可能となり患者負担が激減しています。しかしながら、病院側にとっては前立腺全摘除術を年間100例以上施行して元が取れる程度の低い点数設定になっているため、地方においては大学病院以外で普及するには少し時間が掛かるかもしれません。

 ダビンチですが写真のように、術者は手洗いの必要がなく離れた場所のコンソールに座り3Dの視野にてアームの操作をテレビゲームのように行う事が出来ます.腹腔鏡視野とは異なり術野の中に入っているような感覚でストレスなく行うことができると聞いています。手先が器用な日本人は腹腔鏡による微細な縫合を努力で習得していましたが、不器用な(?)米国人の間で爆発的に普及していることから分かるように、容易に縫合などもできるようです。

 米国のクリーブランドクリニックでは単孔(一つの穴から)によるロボット手術なども行われており、この恐ろしい進歩に追いついていくには医師の努力と病院の経済力(患者の集約化と病院の統廃合などが必要)に掛かっていると考えています。


2016年2月追記:

 上記のブログを書いた2012年には40台も無かったダビンチですが、保険収載(健康保険が適用される)されるや全国で爆発的に導入され2015年には200台も購入されております。鳥取県でも鳥取赤十字病院に県内2台目のダビンチが稼働しており、私も数例参加させていただきましたが素晴らしい手術方法だと感動しました。ロボットアームがせわしなくコミカルに動くのですが、モニターに映るその視野の良さと的確な動きには脱帽しました。2012年当時はアジア地区では大きく遅れをとっていたこの分野ですが、あっと言う間に普及し当たり前の手術になろうとしていることを考えると、ロボット手術に限らず今後の医療の発展は想像もつかないと畏怖する次第です。



 

 

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