わたなべクリニク院長雑記: 2012年8月アーカイブ

2012年8月アーカイブ

 医者の特性として薬を新しく処方することは得意だが、薬を減らしていくことは不得意のような気がしています。もちろん その背景には、患者さんの訴えに応えようとするがため、腰が痛いと言えばパップ剤や鎮痛剤、眠れないと言われれば睡眠薬、便が出ないと言えば便秘薬、と言う具合に増えてしまう運命があります。たまに、本当に必要としている薬なのか患者さんに問うことや、医師自身も自問自答することが大事だと思っています。中には医師にNoと言えず、処方して貰ってはいるが内服せず自宅に貯め込んでいる患者さんもいたりします。もちろん透析患者さんの場合のように、降圧剤、骨代謝の薬、貧血の薬、かゆみ止め、など6〜8種類の薬を最低限必要としている事もあるので一概には言えませんが、処方薬の中でも主役と脇役があったりして脇役の薬は時々見直して整理する必要があるように思います。

 高脂血症の治療薬であるスタチン系薬剤は、1989年に日本人が創薬した画期的な薬で世界中で投与されています。ご存じのように高脂血症は、動脈硬化・高血圧の原因となり脳卒中や心筋梗塞に至る基礎疾患でもあります。本邦では死因第1位は"がん"ですが、2位と3位である"心疾患"と"脳卒中"を合わせると動脈硬化関連疾患が"がん"を抜いて1位になります。その観点からは高脂血症治療は積極的にするべきだと思いますが、時に超高齢者に対して高脂血症治療薬を漫然と投与されているケースに出会います。果たして必要な薬なのか?製薬会社に踊らせていないか?などと思っていました。

 調べてみると、高齢者に対する高脂血症治療の有用性については諸説あります。一流の医学誌Lancetには7082歳の高齢者を対象とした追跡調査では心筋梗塞などの冠動脈疾患死を24%低下させたと報告されている(2002年)。本邦の研究としては、高脂血症治療薬は75歳以上の後期高齢者に対しても十分に冠動脈疾患死を抑制していると報告されている。一方、ガイドラインでは前期高齢者(75歳以下)には治療の意義はあるが、後期高齢者の治療意義はあきらかではない。加齢による腎機能低下などもあり薬物副作用が出現しやすいから注意が必要であるとされている。以上より、当クリニックの治療方針は、60歳代までであれば薬物治療を行い、7075歳については冠動脈疾患を勘案して判断し、76歳以上の高齢者に対しては糖尿病や心疾患を考慮しながら処方すべきだと心得ている。

医師を長いことしていると、手痛い思い出がいくつもあります。

 診断に苦慮する疾患に急性陰嚢症というものがあります。定義は"陰嚢の急激な疼痛を伴う腫脹をきたす疾患の総称名"ですが、簡単に言うと "陰嚢が痛くて腫れてくる"疾患群を指す。当直していると"○ンタマが痛いんです"などと言いながら思春期の少年が来たりする。この急性陰嚢症をきたす3大疾患として"精索捻転"、"精巣上体炎"、"精巣付属器捻転"が挙げられるが、怖いのは精索捻転である。精巣は陰嚢の中に転がっているビー玉のような物ではなく、血管や精管(精子の通り道)により構成される精索というものにぶら下がっている振り子のような構造になっている。捻転とは、この精索が360度以上捻れてしまう場合を指す。振り子が捻れてしまうと血流はストップしてしまうので、12時間を超えると精巣壊死に至る。よって、精索捻転の場合,8時間以内の手術が必要とされている。ただ、問題は21世紀になっても、この鑑別診断が難しくてやっかいなことである。組織はいちど壊死を起こしてしまうと二度と戻らないので、躊躇していると取り返しのつかないことになるし、どの教科書を見ても、"迷う場合には試験切開をすること!"とされているが、陰嚢が痛い人の全てに麻酔をかけて試験切開するわけにはいかない。プロフェッショナルとしては経験と知恵で判断していかなくてはならないのが辛いところである。

 診断は、触診やドップラーエコーで血流を見たりする。触診所見として、精巣上体炎の場合は精巣上体(精巣の横に付いているグニャグニャの鶏冠みたいな部分)の腫脹,圧痛,精巣挙上にて疼痛軽減(Prehn兆候)などで診断をつけるとされている。ただし、精巣上体炎は発症からの経過が長くなると精巣上体と精巣の判別が困難になることがある。また、Prehn兆候の信頼性も低いとされている。一方、ドップラーエコーでも、幼児の場合は血流描出が難しく判断に苦慮することも多い。また、乳幼児の場合,下腹部痛で受診することもあり注意を要する。要するに総合的に判断して、試験切開の必要がある場合には緊急手術として麻酔科に依頼して手術場を確保しなくてはならなくなる。術前には十分に患者さんや家族に説明を行うが、合点がいかない風の表情をされることもしばしばである。突然、聞いたことのない疾患の説明を早口でされても簡単には納得できない事も道理だと思う。経験的には試験切開の1割は捻転でなく手術の必要はなかったように思う。その場合には患者さんやその親御さんに、恐縮しながら再度説明をしなければならない。また、捻転であっても既に8時間以上経過しており、壊死状態の精巣を摘除しなくてはならない場合もある。特に日本では本疾患の啓蒙不足のため、受診された時点で手術のタイムリミットをすぎていることが多く、手術しても精巣が萎縮してしまう率が高いと言われている。

 手術して捻転ではありませんでした・・と言うのは医学的には許されるのだが、精巣上体と診断して後日に捻転だったと判明した場合は医師の立場は非常に辛くなる。私もそのような症例を経験している。最近、成書で本疾患について執筆する機会があったが、"実際には診断に迷うことも多いので複数の泌尿器科医による診察が好ましい。1人で診断しなくてはならない場合には少なくとも親に診察所見を示しながら診断に至った根拠を説明することが重要である。精巣上体炎と診断しても,捻転の除外診断が完全に出来ない場合は一泊程度の入院をさせ経過観察をする方が安心である"と締めくくっておきました。

このアーカイブについて

このページには、2012年8月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2012年7月です。

次のアーカイブは2012年9月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ